コンノアツシ@お味噌フィルハーモニーのゴチャゴチャ雑多煮

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俺流アンガーマネジメント?はぁ?

 

 

どうもこんばんわ

 

コンノアツシ@お味噌フィルハーモニーです

 

 

ボク介護施設で働いてるんですけど、先日、利用者さんのトイレの手伝いをしていた時、ふとこんな会話になりました…

 

 

「アナタはコンノさんと呼ばれたい?それともコンノくんと呼ばれたい?」

 

 

謙遜でもなんでもなく、なんと呼ばれてもイイと捉えたボクは、

 

「どっちでも大丈夫です」

 

と返答しました。

 

すると、

 

「そう言うと思った。アナタは優しいからね。どちらでも構わないと言うと思ったけど、どう呼ばれたいのかな?と思って…」

 

と話されていました。まぁ嬉しいけどね。こういうのの積み重ねで、頑張ろ!って思えるワケなんです。

 

けど、呼称ってさ…別になんでもイイと思ってるのよ。勿論、“なんでもイイ”にも限度はあって、それを推し量る基準は、呼ばれる側が嫌か?そうではないか?ってだけのことだと思うのよ。

例えば、“ウンチくん”と呼ばれるのは一般的には嫌なことだけど、“ウンチくん”が、どこかの国では聖人君子を意味する最上級の褒め言葉だとすると、その国の人達を“ウンチくん”と呼んだら、みんな喜ぶワケじゃない?

一方で、小学生時代にウンコを漏らしたのをきっかけに、その日から“ウンチくん”と呼ばれるのは嫌じゃんかね。それを嫌がっているか?否か?を、きちんと判別できるヤツが、そう呼ぶんだったらイイけど、分からずに呼び続けるようなイジメっ子がいたとしたら、そりゃもうイジメじゃんかね。

同じような感覚の実体験で、中学生の頃、塾に通っていたんですが、そこで“ボス”と呼ばれていました。今、考えると面白いっスよ。でもね。当時は許容できなかったんですよねぇ…。なんかイケてない状態で、いつもうつ向いて授業を受けてるボクを、ボスって呼ぶのって…。いじられてる以外の何者でもないじゃんかね。この辺の器も歳を追うごとに大きくなっていくんですが、その頃のコンノ少年は、ボスと呼ばれることを苦しく感じていて、塾に通うことが憂鬱で堪らなかったんです。

 

あーあ。嫌なこと回想しちゃったな…(´・ω・`)

 

でもね。住む世界が変われば、常識も何もかも違うと言うことを忘れちゃいけないよね。これが忘れてしまいがちで、いつだってイラついちゃうんですよね。

他人と考えが違うことで、歪みが生じてイラつく。これが通常の思考回路だと思うんですが、イラつく前に『国が違えば、常識も違う』と思うことで、収まるイライラが山程あると思ったんです。

年下の先輩に「コンノくん」と呼ばれるのは、一見して遺憾な事象かもしれません。しかしですよ『ジャニーズみたいでカッコいいかも…』と思考することもできません?ジャニーズの若い子達が、先輩達を「木村くん」「松岡くん」と呼ぶのと類似していて『慕われてるみたいで良き…』と錯覚するんです。

あと、秦の始皇帝が中華統一を目指す大人気漫画【キングダム】の作中に“昌平君”とか“昌文君”とか、君が付く名称があるという話を聞くと『“コンノくん”って、“臨武君(りんぶくん)”みたいでカッコえぇ…』ともなっていました。

 

この考え方で、森羅万象のありとあらゆる物事を落ち着いて咀嚼すると、例えイヤミのつもりで「コンノくん」と呼ばれていようが、平気な顔をして居られるワケです(^∀^)

今となっては「ボス」と呼ばれても、低い声で「あん?」と答えることもできるでしょうし、器が大きくなったのと同時に、受け身の取れることも増えてきたんでしょうね。それでも友達が少ないのは、まだまだ受け身の取れない物が多くて、自分から連絡を控えてるってケースも多々ありますが、その辺もいつかは許せるようになってくるのかなぁ?と考えた夜でした。

 

ここに書いたことを冷静に行えるようになったら、“俺流アンガーマネジメント”が完成しそうな予感がします。今は心にゆとりがないから、ちょっとしたことでもブチギレちゃうけどね!(๑´ڡ`๑)テヘペネロペクルス!

   

 

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